熱血?暴力? バスケ部顧問、割れる評価 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
その一方で、学校が男女バスケ部員50人に実施したアンケートでは、4割以上の21人が「(自分も)体罰を受けた」、48人は「他の生徒が体罰を受けるのを見た」と回答。体育系の部にいた3年の男子生徒は「バスケ部員が顧問に怒鳴られていることはしょっちゅうで、本当に厳しい部だった」と話す。  桜宮高校関係者は「顧問もまじめな先生で、自殺した生徒にも問題はなかった。お互い純粋な性格で、指導がいきすぎてしまった結果ではないか」と話した。 ...
勝つための監督術―だから体罰は必要だったあまなつShopあまなつで見る同じレイアウトで作成
今回の事件では体罰の是非がテレビ等でも論じられていますね。
基本的にテレビ局やマスコミの論調としては学校教育法11条で規定されているので絶対にダメと言いながら、識者やコメンテーターの意見として体罰は良くないが自分達が受けて良かった事もあると言ったもの。

私自身は体罰に関しては時と場合によっては有効な場合があるのは事実だと思います。
ただし、そこには信頼やフォローまで考えた上での論理的な行為であるべきだと思う。
教師や指導者が感情で体罰を行うことはあってはならない。

しかし、一番問題なのは体罰が日常的に行われていたという部分だと思う。
日常的に体罰が行われるようになれば必ず、その体罰は教師や指導者の感情によって行われるようになる。
論理的でもなく、信頼関係もなく体罰が行われるようになる。
なぜなら、教育や指導より体罰は簡単だからだ。

どうしても日常的になればどんな立派な人間でも単純で簡単な方法に流れる。
日常的に体罰が行われていてそれを学校側が容認していたことが原因なのだと思う。
もう一度言うけど日常的になればどんな立派で優れた指導者でも安直な方向に流れるのは必然なのです。
そして、日常的に体罰という暴力を受け続ければ、何も考えなくなるか、荒んでいくのは考えなくても誰でも判る話だと思う。

結局、一番の問題は体罰が日常的に横行していたのに何もしなかった学校側に責任があると思うのですが、実際は何もしなかったがゆえに何も処罰を受けることがなく、何も改善されない可能性が高いのは悲しい話だと思う。