人は守ってもらうのか、自ら守るのか。「レイプ事件」で考える

引用:
しからば、なぜこの不埒な「強姦魔」に対抗できなかったのであろうか。咄嗟の事であり、恐怖に突き落とされている状態で、自分で対抗できる権利を行使するには、どうしたら良いのか。助かるのか。勇気を出して、泣き叫ぶ、助けてと声を出す、立ち上がる、行動する。これが最小限やれる事だろう。

 その他に、頭を使う事だ、無抵抗と見せて、いきなり行動する。とんでもないこと言うが、誘って油断させる。股間にかじりつく、スキを見て逃げ出す。言いたいのは、自分ができる、持っていることを全て考え、実行することだ。自分自身がヤル、アクションするのだ。そんなことできるわけないと思う人はそれまでだ、災難を受け入れるしかない。

引用元には引用箇所の前に延々と屁理屈が述べられているが自分を正当化する為の物で意味はない。

>そんなことできるわけないと思う人はそれまでだ、災難を受け入れるしかない。

長々とした文章で主張しているのは上記の様な戯言でしかない。
そしてくだらない自分の主張の為に更にセカンドレイプを繰り返す。
あんたは今回や前回の様な記事の内容の話を被害者の前で言えるのか?
PJのくだらない屁理屈や自尊心の為にセカンドレイプを続ける事に対して非難する他のPJがいないのはなぜなのか?
こんな事で記者クラブとかPJは非難できるの?

長崎の市長の奥さんの例を出してるけどピストル持ってる犯人が奥さんまで撃つという可能性は考えたの?

ジャーナルリストを名乗るなら勇気を出して謝罪文でも書くべきだよ。
PJが書く安っぽい権利とか勇気よりもっと大切な物があるはず。