AKB48とビックリマンチョコの違いを、誰か説明してくれ|2012日々是口実-013(59'S 日々是口実) - livedoor ニュース
すでにAKB商法と言う言葉もあるそうだが、これに問題はないのだろうか? 20年ほど前に、ビックリマンチョコ騒動と言うのがあった。チョコ菓子に入ったシールほしさに子供が、チョコを大量に購入したというものだ。このとき、マスコミは「食べ物を粗末にする」「子供の教育上よろしくない」と批判し、不正あるいは反社会的な商売だと、メーカーのロッテが非難を受けた。私は今回の騒動を見ていると、ついついこの事件を思い出す。 ...
1)今回のAKB総選挙とビックリマンチョコの商法は何が、どう違うのか。
2)マスコミはなぜ、こぞって、この総選挙をほぼ無批判で報道するのか。
3)大量のCDが何ら活用されることなく廃棄されるが、それでいいのか。
1)の答え
AKB48とビックリマンチョコとの違いですがそれは物語の消費の違いだと思います。
ブームとは資本主義の社会では消費し続ける事だと思います。
その為には全てとはいいませんが物語が必要になります。
ビックリマンチョコ(のシール)は表にキャラクターが書いてあり裏には謎の文言(主に誰々と誰はこうらしいといった噂)が書いてありました。
子供はそれを集める事で物語を組み上げて行けるような仕組みになっていました。
物語を組み上げるには買い続ける必要があった訳です。
もちろん、コレクション的な側面は大きかったと思いますが…。
一方、AKB48と言うかAKB48系と言うべきグループの場合、CDを買うことでAKB48という物語に参加する事が出来る訳です。
沢山の量を買う事で支持してるメンバーの順位を上げる事が出来て尚且つ、握手会で長時間の間、握手が出来る。
ここで重要なのは握手してる時間はそのメンバーを短い時間とはいえ独占できるのです。
沢山買えば買うほどステータスが上がったメンバーと長時間、時間を独占できるのです。
アイドルを独占出来るなんて今までは特殊な金持ちや権力者、もしくはとてつもないハンサムでも無い限り出来ないでしょう。
それが数十万で可能になる訳です。
アイドルの時間を独占するということはファン側の思い込みと言われても仕方がないと思いますがアイドルという物語に参加する事が出来る訳です。
そして投票システムはものすごく解りやすく順位を付けます。
物語を幸せな物にするには買い続けるしか無いのです。
2)の答え
AKBの巧みな所は上記で言っていたように物語に参加(取り込む?)させる事です。
マスコミにはグラビアやTV番組などを分け与え、レコード会社を分散することで利益を分散させ、ライバルのアイドルでさえゆび祭りで取り込む。
AKBの運営さえスポンサーや広告代理店との複合組織になっている。
係わる人をすべてAKBという物語に取り込み、当事者にする。
当事者になってしまった者が批判なんて出来る訳がない。
3)の答え
廃棄されるCDはいいのかとの問ですが身も蓋もない言い方をすればいいのです。
なぜならファンはCDに価値なんて認めていない。
音楽を聞こうと思えば今、一番手軽な方法はYoutubeで検索をして動画を再生することだと思います。
所有しようと思えばネットから簡単にMP3かなにかでダウンロード可能です。
更にいえばファンのほとんどがCDプレーヤーを持って居らず再生はパソコンで行なっているのです。
パソコンのCDドライブで再生するよりもYoutubeで再生したほうが映像もみれるしお手軽なんです。
CD自体にほとんどのファンが価値を認めていません。
しかし、握手券や投票券は物語に参加するチケットになる訳です。
そして音楽業界自体も複数のバリエーションのCDを作ってる時点で音楽の力など信じていないのは明らかです。
枚数を増やすだけならお札を刷っていることと同じです。
価値が無いと断定したものを捨てるのには躊躇はないでしょう。
価値があるのは間違いなく握手券や投票券の方です。
結局の所は「寄らば大樹の陰」って事なんでしょう。
物語に参加するのに確実なのは大多数になることです。
勝ち組、負け組と言われて今の時代負け組になれば這い上がれない事を知ってる世の中です。
みんなが勝ち組になるために大きな物語に集約していくことは必然かもしれません。
大げさな言い方をすればファシズム的なのかも。
小林よしのりがAKBにハマったのもその辺に反応したからだったりして(笑)。